[コバタイ] |
[無題1] |
待つ人の居る部屋へ帰るのは、やっぱり何とはなしに嬉しいもの。 今夜は日曜出勤だったけど、僕は帰れば居るはずの人の事を考えて、 思わず鼻歌なんか歌いながら帰り道を急いだ。 「だだいま〜♪」 いつものように重いマンションのドアを開く。 勢いよく開いたドアの中は真っ暗で、 いつものように僕を暖かな灯りで迎えてはくれなかった。 まずはビックリ。 それからガックリ。 最後にドッキリ。 あの人は? 何処かに行っちゃったの?? 僕は大慌てで(いつもはみんなに注意する側だったのも忘れ)、 思わず土足のまま部屋に上がり込んだ。 玄関を入って、通路を進むと・・・・・ 居た!! 玄関からでは死角になって見えなかったんだけど、 テレビの前に彼は座っていた。 部屋中の灯りは消されていて、テレビの灯りだけがチラチラと動いていた。 安達君は、ピクとも動かずひたすらにテレビの画面を凝視している。 「ただいま」 もう一度声を掛けてみたけど、返事はなかった。 僕が帰ってきたのにも気付いてないみたい。 いつもなら、ワイワイと賑やかに迎えに出てくれる彼なのに。 ひょっとして寝ちゃってるのかと思って、そっと回り込んで見たけれど、 彼はちゃんと起きていた。 テレビの画面を見つめ、その大きな瞳に見合うだけの、大きな涙の粒を いくつもいくつも零しながら。 |
[無題2] |
慌てて僕は安達君を揺する。 「安達君?!」 「あ?」 「大丈夫?どうしたの??」 「これは・・・小林殿。い、今お帰りか?」 我に返った安達君が2度・3度と瞬きする度に、 最後の涙の雫が零れ落ちた。 「うん。たった今、帰ってきたんだけど・・・。 どうしたの?何かあった?」 「いや、何もござらん」 「だって・・・」 重く腫れ上がった瞼は、どう見ても[何もない]って訳はなく、 けれどその先の追及を、安達君の全身が拒否していた。 「今日は少し、疲れ申した。 先に、休ませていただこうかと思うのじゃが」 最後に、ハッキリと言葉にまでしての拒否。 「あ。う、うん。どうぞ」 僕は、そう言うしかなくて。 「申し訳ない。 では、お先に失礼いたす」 「おやすみ」 僕のおやすみの挨拶に、安達君はペコリとお辞儀してベッドに向かった。 見送る事しか許してくれない後ろ姿は、 小柄な安達君の身体を尚の事小さく感じさた。 僕はもう、黙ってその背中を見てるしかなかった。 まるで、全然、いつもの安達君じゃなかったんだもん。 明るくって、元気で、溌剌としていた安達君が普段の安達君。 それが今夜は正反対。 一体、どうしちゃったの? 気になった僕は、僕の帰ってきたのにも気付かなかった さっきの安達君を思い出してみる。 そう言えば、テレビ見てたみたい・・・ 何、見てたんだろう? チャンネルを見ると、それは某国営放送局のチャンネルだった。 壁の時計は10時をかなりまわっていた。 僕は大急ぎで新聞のテレビ欄をチェックしてみる。 「・・・これだ」 後ろで寝ている筈の安達君の様子を窺ってみる。 布団の中に潜り込んでいるのを確認して、それでも念には念を入れ消音にした。 それからやっと、僕はチャンネルをBSに代えてお目当ての番組を画面に呼び出す。 呼び出された画面には、今しも絶命しようとしている人の姿が。 「これ、見ちゃったのか」 残り僅かの放映時間をつい最後まで見てしまった僕はテレビのスイッチを切って、 そうっと安達君に近付いてみた。 安達君はすっかり寝入っていた。 だけど、枕元の小さなスタンドの灯りに照らされたその頬には 見間違いようもない涙の後が、消えずにくっきりと残っているのが見えた。 泣き寝入った顔が胸をつく。 今は傍に居ない人を想って流す涙を持っているこの人が、 今居る僕を思って涙を流してくれるいつかはくるのだろうか? 安達君が、小さな寝息をたてる枕元に、 僕は何時までも寄り添い、その寝顔を見つめていた |
お帰りはブラウザで |